2006-07-23

サッカー日本代表を破綻させた“構想力”の欠如

「技術力の過信」と「偶然への期待」が導いた敗北

* 2006年7月21日 金曜日
* 宮田 秀明

(日経BP:サッカーや野球のようなチームスポーツでは、選手個人の技術力に加えて、選手の「人間力」や「構想力」が大きな役割を果たす。これがなければ勝利を手にすることはかなわない。)

2005-11-17

芸術家の滞在施設事業、成果と課題

 「アーティスト・イン・レジデンス」(AIR)は、国内外の芸術家を工房付きの滞在施設に受け入れ、創作を支援する事業。一九六〇年代以降欧州で盛んになり、日本でも美術館の次の文化拠点として取り組む自治体が増えている。その現状を受け、国内の公立四施設の代表と美術関係者が集まるフォーラムが十三日、茨城県つくば市で開かれた。
 各施設共通の課題として、作家が創作に没頭できる環境作りと、地域住民との交流など公的機関の使命とを両立させる難しさが挙がった。地方財政が厳しさを増す中、人材育成という事業の成果が必ずしも数字で示せない点についても悩む声が聞かれた。昨年、十周年を迎えた茨城県の「アーカス」は今年、外部検討委員会を設け、評価システムを試作中という。
 「クリエイティブな作家と接することで個人、あるいは社会の創造力は伸びる。そこを評価してAIRの必要性を訴えていかなければいけない」と語ったのは国際交流基金の菅野幸子氏。世界のレジデンスを巡り、地元住民と一緒に制作をしている作家の岩井成昭氏は「AIRは作家がコミュニティーに踏み込むための入り口。予算や施設は小さくても、自由に時間と空間を与えてくれるフレキシブルな施設が望ましい」と話した。

2005/11/18,日本経済新聞 朝刊,44ページ 文化往来

2005-09-04

60% of Blogger blogs Spam Blogs: test

A test from Google Blogscoped indicates that 60% of all blogs hosted on Google’s Blogger blogspot.com domain are spam blogs.

The test of 50 random blogs found 30 of them to be rubbish. A later test by the site of a further 100 blogs on blogspot.com indicated a spam rate of 42%.

"The Blog Herald"

2005-08-16

「干からびたチーズ」という政治的言語

この干からびたチーズって実は高級品だったそうですが、小泉-森会談がうまく行ってたら、森さんもこのチーズと缶ビールは報道陣に見せなかったでしょう。

この「干からびたチーズ」は、政治的言語だと思います。

森さんは、たまたま手元にあったチーズを使って、「小泉さんは本気だよ」というメッセージを出したのです。手元にある材料をうまく使って、言うべきことを言えるのが政治家としての才能です。そういう意味では、森喜朗という人を見直しました。森さんが不機嫌だったのは演技ではないと思いますが、チーズと同様、森さんにとっては自分自身の不機嫌も政治的言語のボキャブラリーです。

派閥の大先輩であり前首相である自分を「不機嫌」にした人間だぞ、小泉というこの男は。それを言いたかったのでしょう。

自分の不機嫌とチーズと缶ビールの缶を使って、森さんは造反議員に「小泉には恐いものは何もない。解散は本気であって脅しじゃないから、否決するなら相応の覚悟をしておきなさい」という警告を発したのだと思います。そういう意図がなかったら、不機嫌もチーズも缶も隠したでしょう。

だから、あのチーズがミモレットという高級品だったというのは(ウンチクとしては面白いけど)ナンセンス。政治的言語としては、あれは「干からびたチーズ」で正解です。

同様に、郵政民営化、靖国参拝(しなかったこと)も政治的言語です。それを文脈から切離して、重箱の隅をつつくのは、「ミモレット」と同じです。正しいけどナンセンス。

森派、すなわち、福田赳夫の弟子は、こういう政治的言語をよく理解しているような印象があります。森、小泉、安倍、そして息子の福田康夫。みんな、今自分がついている立場で発言することが、どういう意味を持つのか意識して発言してます。

森さんの「不機嫌」はそういう政治的言語として見ると、小泉さんのアシストだったのかもしれません。小泉さんが言っていることを、森さんが違う言い回しでもう一度言った。一面では素でケンカしながらも、政治的言語としてそういう連携プレーが意図せずともできる所が、根っからの政治家だなあと思います。


essa氏「圏外からのひとこと」2005-8-15

2005-06-19

芸術家よ 大衆におもねろう (産業再生機構専務冨山和彦氏)

商業主義が逸材育てる
 ----難解で高尚なものをありがたがる芸術のあり方に不満をお持ちとか。
 「資質に恵まれた人たちが美術や音楽の難関大学に入ると、専門的で狭い世界に引きこもってしまう。例えば十二音階の現代音楽など九九%の人は眠くなるでしょう。評論家の解説も難しい。芸術家も評論家も大衆の目線から離れ、マーケットを自ら縮小させる悪循環に陥っています」
 「今は古典と言われる芸術も、最初はエンターテインメント(娯楽)だったのです。歌舞伎は大衆芸能だったし、モーツァルトのオペラも浮気話や痴話げんかのような題材が多いでしょう。大衆やパトロンに支持され、時空を超えて広がったものが古典になる。今から三百年後のクラシックはビートルズやアニメの宮崎駿監督ではないですか」
 ----どう変えたらいいと?
 「商業主義に振っていく。芸術家は権威主義から脱して、思い切り大衆におもねればいいと思います。音楽や演劇、落語やスポーツもそうですが、受け手は面白さや驚き、感動を求めているのです。専門の大学でも大衆に何が受けるか、マーケティングを教えるべきですね。例えば東京芸術大なら、OBの坂本龍一氏がなぜ成功したか、事例研究として取り上げればいい」
 「芸術をエンターテインメントとしてとらえれば潜在的には成長産業です。団塊世代という大きな市場がありますから。会社を退職すればライブなどを見に行く時間ができるし、貯蓄もある。消費の対象も物質から文化に移っています。需要があるのに供給者が不足している状態です」
 ----昔から、芸術が商業主義に走るのは堕落だという批判があります。
 「歴史的に見れば、芸術性と商業性は二律背反ではありません。芸術の目的は自己実現であり、カネもうけではないという主張がありますが、それだけでは持続性がない。産業として確立しないと才能ある人が埋もれたままで終わってしまう。百人しか飯を食えない世界では、何万人に一人の逸材が芽を出せないでしょう。演劇の野田秀樹氏や狂言の野村萬斎氏のように、お客を呼ぶ意識の強い人も増えてきていると思います」
 「商業化のリスクは供給者が冒険を恐れ、進歩が止まることです。レコード会社が斬新で型破りな新人の売り出しをためらえば、過去のヒット曲に似た作品が増え、結果としてマーケットから離れてしまう。でも機関投資家が大企業とベンチャー企業の株式を組み合わせるように、芸術にもポートフォリオ(分散投資)理論を応用すればいい。商業化の弊害というより、商業としてどれだけ洗練されているかという問題でしょう」

聞き手から
 冨山氏の語りに利益至上主義の冷たさはなく、芸術への愛着が感じられる。難解さを売り物にする芸術家と評論家が既得権益を守るためにサークルをつくり、多くの才能を閉め出す構図が浮かぶ。“談合”めいた閉鎖性を打破して芸術のすそ野を広げるには、権威に弱い消費者も変わる必要があるのだろう。
(編集委員 塩田宏之)

 とやま・かずひこ 60年生まれ。85年東大法卒、92年スタンフォード大経営学修士。コンサルティング会社設立、社長を経て03年から現職。絵画や音楽が好きで、仲間とバンドを結成し、練習を楽しんでいる

冨山氏ひと言
バッハやヘンデルも宗教というマーケットで売れて名を残した。

2005/06/20, 日本経済新聞 朝刊 インタビュー領空侵犯

2005-05-30

期待する後継者像

私の路線を継承する人じゃなく、うんと違う人になってもらいたい。革命的に変える人ならどんなにいいだろう。

吉田秀和水戸芸術館長 (毎日新聞茨城版 2005.5.31)

2005-05-14

将棋ソフト「激指」開発者

鶴岡さんは論文をコンピューターで自動的に要約する言語処理の研究者。論文を要約する技術は「棋譜(対局の手順を数字や符号で表した記録)から有効な指し手を分析する技術と似ている」という。

(鶴岡慶雅氏:科学技術振興機構研究員
 激指:世界コンピュータ将棋選手権で優勝。プロ棋士勝又清和五段(角落ち)にも勝つ)

日本経済新聞 2005.5.15 サイエンス 「将棋ソフト、実力めきめき」

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