2005-06-19

芸術家よ 大衆におもねろう (産業再生機構専務冨山和彦氏)

商業主義が逸材育てる
 ----難解で高尚なものをありがたがる芸術のあり方に不満をお持ちとか。
 「資質に恵まれた人たちが美術や音楽の難関大学に入ると、専門的で狭い世界に引きこもってしまう。例えば十二音階の現代音楽など九九%の人は眠くなるでしょう。評論家の解説も難しい。芸術家も評論家も大衆の目線から離れ、マーケットを自ら縮小させる悪循環に陥っています」
 「今は古典と言われる芸術も、最初はエンターテインメント(娯楽)だったのです。歌舞伎は大衆芸能だったし、モーツァルトのオペラも浮気話や痴話げんかのような題材が多いでしょう。大衆やパトロンに支持され、時空を超えて広がったものが古典になる。今から三百年後のクラシックはビートルズやアニメの宮崎駿監督ではないですか」
 ----どう変えたらいいと?
 「商業主義に振っていく。芸術家は権威主義から脱して、思い切り大衆におもねればいいと思います。音楽や演劇、落語やスポーツもそうですが、受け手は面白さや驚き、感動を求めているのです。専門の大学でも大衆に何が受けるか、マーケティングを教えるべきですね。例えば東京芸術大なら、OBの坂本龍一氏がなぜ成功したか、事例研究として取り上げればいい」
 「芸術をエンターテインメントとしてとらえれば潜在的には成長産業です。団塊世代という大きな市場がありますから。会社を退職すればライブなどを見に行く時間ができるし、貯蓄もある。消費の対象も物質から文化に移っています。需要があるのに供給者が不足している状態です」
 ----昔から、芸術が商業主義に走るのは堕落だという批判があります。
 「歴史的に見れば、芸術性と商業性は二律背反ではありません。芸術の目的は自己実現であり、カネもうけではないという主張がありますが、それだけでは持続性がない。産業として確立しないと才能ある人が埋もれたままで終わってしまう。百人しか飯を食えない世界では、何万人に一人の逸材が芽を出せないでしょう。演劇の野田秀樹氏や狂言の野村萬斎氏のように、お客を呼ぶ意識の強い人も増えてきていると思います」
 「商業化のリスクは供給者が冒険を恐れ、進歩が止まることです。レコード会社が斬新で型破りな新人の売り出しをためらえば、過去のヒット曲に似た作品が増え、結果としてマーケットから離れてしまう。でも機関投資家が大企業とベンチャー企業の株式を組み合わせるように、芸術にもポートフォリオ(分散投資)理論を応用すればいい。商業化の弊害というより、商業としてどれだけ洗練されているかという問題でしょう」

聞き手から
 冨山氏の語りに利益至上主義の冷たさはなく、芸術への愛着が感じられる。難解さを売り物にする芸術家と評論家が既得権益を守るためにサークルをつくり、多くの才能を閉め出す構図が浮かぶ。“談合”めいた閉鎖性を打破して芸術のすそ野を広げるには、権威に弱い消費者も変わる必要があるのだろう。
(編集委員 塩田宏之)

 とやま・かずひこ 60年生まれ。85年東大法卒、92年スタンフォード大経営学修士。コンサルティング会社設立、社長を経て03年から現職。絵画や音楽が好きで、仲間とバンドを結成し、練習を楽しんでいる

冨山氏ひと言
バッハやヘンデルも宗教というマーケットで売れて名を残した。

2005/06/20, 日本経済新聞 朝刊 インタビュー領空侵犯
Comments: コメントを投稿

<< Home

This page is powered by Blogger. Isn't yours?